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2006年3月28日 (火)

合併前の市町村名を大切に

 「平成の大合併」も一段落します。急速に、今までの市町村名が消えたものもありまして、ついて行けない部分もあるんですが、とりあえずは一段落。

 幸いに、一部を除いて(その「一部」を列挙しませんが)、駅名の改称までは話が至っていないのが幸いです。実は、駅名を見ていくと、「昭和の大合併」前の市町村名が残っていたりして、駅のあった市町村はそれだけ運がよかったのかなという気がしています。

 森田・大聖寺・動橋・森本・石動・呉羽・水橋・泊・戸出・伏木、等々、昭和の大合併や、その後の合併で消えてしまった町名が、県外の人にも有名なのも、駅があったからということもあると思います。

 合併による市町村名を巡っては、わざわざ有名な地名を捨てなければならないほど、当事者の間では重要な問題です。そういうことから、ひらがなの市町が生まれたり、旧国名の市町が生まれてくるのですが、合併を進めていく上では仕方がなかったという部分でもあるところが多いので、表面だけ見て外部から批判するものでもないかなと思うところです。多分、そういう名前にしないと合併自体が中止になってしまったという側面もあると思うんです。

 そういっても、合併前の市町村名は何らかの形で残ってほしいなと思う部分でもあります。駅名がそのままであるというのはよいことで、おそらく、越前市になったからといっても武生駅は武生駅のままでしょうし、思わぬところで有名になってしまった射水市も、新湊・小杉の駅(新湊については中新湊など)が残ると思います。(ただこれ、越中大門駅は大門町ではなく大島町にあったというややこしい問題が残るんですが、またこれはあとで)

 ただ、旧国名や、地域名を市町村名にしてしまった場合、意外と地元では合併前の市町村名が意識として残ってしまうことが多いみたいです。

 かなり前に合併した加賀市も、実際「加賀」というのは、金沢も含み、現かほく市以南を差し、さらに「南加賀」というと、小松市も含まれます。その中で「加賀へ行く」と言っても訳が分からなくなりまして、実際は「大聖寺・片山津・山代」など、旧市町村名で言うことが多いみたいです。ただこれは、各旧町名が、今でも温泉地などで有名であることも影響しているようです。

 あとは「能登町」ですが、その合併前の「能都町」も、実際は「宇出津へ行く」「鵜川へ行く」、あるいは合併前の「内浦町」も、「小木」「松波」と、分けて考えていました。これも、かなり前に合併しているはずなのに、ずっと残っているのです。

 そういうこともあり、多分「白山市」は、道路標識がどうなろうが、松任・美川・鶴来・(鳥越・吉野谷・河内・尾口・白峰)はそれぞれ意識としては別のものになると思います。多分、それらの市町村名に慣れ親しんだ人は、死ぬまで「松任へ行く」「美川へ行く」と言い続けると思います。そういうことから、「武生」も「今庄」も「南条」も、意識としてはずっと続くと思います。

 しかしながら、小学校名にも残らなかったような旧市町村名(昭和の大合併・明治の大合併前)は、忘れ去られるところもあります。金沢市の町名復活のように、一度消えた地名を復活させるのはほんと難しいことです。消えつつある地名を大切にしていきたいものです。

 と、今日は、珍しくコラムらしい文章でした。ちょっとまとまっていない部分があるんですが大目に見ましょう。

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