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2006年7月25日 (火)

「乗りつぶし」の功罪

 全路線を乗りつぶす、という「乗りつぶし」という遊び。これ、やはり積極的にやっている人と、何となくやっている人と、否定している人と、その他・・・。(分類していたらきりがないし、分類する意味もないし)ということで、要するに賛否、あるいはその中間、いろいろと言われることも多いです。

 一応、私も過去はそれをやっていた(このサイト自体が「乗りつぶし」の旅行記から始まっている)ということもあり、明確に否定するつもりもありません。まあ、過去の自分を否定して、後悔してもいいんですが、別に後悔もしていないですし・・・。かといって「乗りつぶし」自体、「是非やりましょう。やらないとダメですよ」、というつもりもありません。やりたければやればいいし、やりたくなかったら無理にやらなくてもいいという考えです。ですから、全部乗ったから、そのこと自体を偉いとも思いませんし(ただしそのこと自体は尊重しますが)、乗っていないから偉くないとも思いません。JRや、私鉄、その他完乗した人は、その人なりの遊びの一つに区切りをつけたのだなということです。

 で、私の場合は、一応、JRのみに限定して、しかも、「定期列車が走る在来線」というところまでにしました。(ですから、JR完乗に該当しないという人もいるんですけどね)新幹線が含む云々は別として(壁とトンネルばっかりやもん)、私鉄にあまり乗らない分、実際は他の方よりも視野が狭いとは思っております。それはそうと。

 私にとって「乗りつぶし」というのは、要するに学校で言うところの「普通課程」のようなものだったのかなと思っています。ともかく、全部乗ることを目標(目的ではなく)にしていて、それをやっている、となると、結果としてJRが通っているところはすべて通ることになるわけです。そうなると、ともかく日本の、ある程度主要なところへは行くことになるわけでして、それなりに感覚として鍛えられる部分はあるわけです。ただし、これは絶対に「乗りつぶし」をしなければ得られないというものでもなく、別の方法もあるのかも知れません。ともかく「乗りつぶし」によって、山あり谷あり、海あり湖あり、田んぼや畑、果樹園、農村に漁村等々といった、日本各地の「普通の景色」を見ることができたのは確かです。それが、今の趣味に確実に影響していることも確かです。「乗りつぶし」後の行動を見ていても、行くところが限定していることから分かるように、多分、乗りつぶしをやらなかったら行かなかったところは沢山あると思います。

 そういうことで、「乗りつぶし」自体は絶対によいものというつもりもないですが、悪いものとは思わないです。

 ただし、先ほど書いたとおり「普通課程」のようなものだとすれば、そのあとに続くもの、乗りつぶしが終わったらやりたいことをどこかの段階で見つけることが必要だと思うのです。ある程度の年齢になると、それまで見えなかったものが見えてくる、となると、私にとって「見えなかったものが見えてくる」ための一つの手段が年齢の他に「乗りつぶし」だったのかも知れません。

 ということで、乗りつぶし自体が目的になる云々ということではなく、特に若いうちに、乗りつぶしを通して、そのあとの趣味のスタイルに影響を与えれば、それはそれでよいものではないのかなと思っています。特に若いうちに、いろいろなところへ行くという意味ではいいのではないのかなと思います。まあ、ほんとは海外の方がいいという話もあります。こればっかりは海外に行ったことがないんで分かりません。そのかわり、日本各地ということには微妙なところで反応する人間になってしまいました。

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