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2006年11月18日 (土)

日帰旅行記:のと鉄道跡

 ということで、ちょっと懸案だったのと鉄道の駅跡へ。ちょっと前の予報では天気が悪かったんで、予定していなかったんですが、昨日あたりの天気予報からちょっとよくなってきまして、行くことにしました。ただし、結果は、「天気のよいピーク」が少し早まったようで、出るときが一番いい天気でその後、曇ってきておりました。

 それで、ともかく手術跡のガーゼ交換で医者へ行ったあと、その足で能登有料道路へ。乗る直前のガソリンスタンドで9時51分。その後、あまりスピードを出さず、途中から液体窒素を積んだトラックの後ろを付いていたんで、「追い越されることがあっても追い越すことはない」というスピードでいったにもかかわらず、蛸島駅(跡。以下略)着が12時前。ちょうど2時間なんですね。能登有料道路が能登空港まで延伸された(正確には能越道の扱い)ということもあり、さらに時間が短縮されていました。

 で、蛸島駅は4月に撮ってあったんで撮る必要もなかったんですがご挨拶代わりに。しかし、土曜日にもかかわらず閉まっておりまして、中へ入れず。まあ、列車も保存されている関係で、管理する人がいない限りは開けていないようです。ほんとは土日に公開ということなんですけどね。

 それで気を取り直して、正院駅へ。この駅付近(川尻踏切から正院駅を経て、珠洲駅の直前の踏切まで)は、既にレールが撤去されていまして、この駅は線路がなくなった状態での撮影。11月1日から線路の撤去が始まっているのです。ただし、その作業自体来年の8月までかかるようで、実際、今日訪れた駅では、この区間以外で線路が撤去されているところはありませんでした。この作業が始まったことで、ちょっと急いだこともあるんですが、一駅だけ遅かった、というところでした。

 次の珠洲駅は、この駅構内の部分は線路が残る部分でもあるんで、安心して撮影。待合室の中は販売所になっておりまして、昔よく食べたパンやら、いも菓子を購入。それと、銀杏も。この駅前、タクシーも1台停まっていたりと、ほんと駅前を見る限りは現役の駅なんですけどね…。

 そうして、線路が残っている駅を順に、飯田・上戸・鵜飼・南黒丸・鵜島・恋路と回っていきました。鵜飼駅もバスの待合室として機能しており、高校生がバスを待っており、線路も残っており、賑やかさは現役の頃と同じでした。4月に行っていた松波駅は駅前だけちょっと眺めて、最後に九里川尻駅へ。この駅付近、車を停めるところがなく、ちょっと歩きました。線路は少しボルトがはずされており、もうちょっとでここも線路がなくなってしまうんですね。ということで、それ以降の全駅は4月に撮ってあったため、今日回るときりがなくなるんで、ここで終了。サッと帰ってもよかったんですが、なるべく線路に忠実に帰ることに。

 その後、白丸の町を通り(駅へは行かず)、九十九湾小木駅・縄文真脇駅はちらっと道から見て、小浦・羽根は近くを通り宇出津へ。宇出津駅はちょっとトイレをお借りしました。バスを待つ人で駅前・駅待合室は賑わっておりました。

 そこから鵜川までの各駅をかすりつつ、ここからやっぱりあの「県道34号線」を経由してしまうことにしました。この、今は代替バスが走っていて、なおかつ列車が走っていたときは道が細いためにほとんどバスが走ったことのない県道、ほんと狭い区間が延々と続くんですが(時折広くなる)、なんかこの道、運転することに慣れてしまいました。海も近くて、結構この県道、好きなんですよね。是非一度、路線バスで通りたい区間でもあります。

 そうして、何となく紅葉を見ているうちに、あの駅が気になってしまいまして、ちょっと行きすぎたところを戻り、鹿波駅へ。いや、ほんと、今年3回目の鹿波駅です。桜の時期も素晴らしくて、紅葉の時期も素晴らしい駅でした。

 鹿波駅からは岩車の集落を通らずに、旭ヶ丘という、山の中を開拓した農地の近くを経由。何となく、ちょっと北海道のような雰囲気のある場所なんです。その後、国道に出た後は、能登有料道路を通らずに、ひたすら一般道で、穴水・七尾を経て帰宅。家に着いたのが18時半。宇出津を出たのが15時前。行きと比べて非常に時間がかかっております。

 今日の走行距離は310キロ。ガソリンは17.09リットルだったため、1リットル18.1キロ。能登にしてはよい燃費だったようです。

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