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2007年5月26日 (土)

情けは人の・・・

 また仕事の話ですが、決算も終わり一息、でもなく、あー、置き去りにしていた仕事が・・・(でも4月分の試算表はちゃんと、もうちょっと前に終わっとるんやよ)。それと、ちょっと並行して、今まで(前職で関わっていたときから)、ずっとやりたいなと思って、ちょこちょことやっていたことが、何とか形になりました。

 まあ、これ、形式的なものなら結構、初心者でも出来たりするんですけど、そんな感じで作っても意味ないし。割と気合い入れてやってみました。ということで、実際はこれを生かしていく方(というか、維持・管理)が、経験上、何倍も難しいんですけど、しっかりやると何かが見えてくると思っとるんで、ちょっと真剣にやってみようと思います。ということで、2週前に急遽出勤にしてしまった土曜日の代わりで、今日、休むことが出来ました。おはようございます。

 結構、仕事以外の部分で、人に頼まれて、あるいはこっちから「やったろかー」、と言って何かをすることが時々ありまして。それで、その話を別の人にすると「そんなことまでしてあげて、何か代わりに何してもらっとるん」ということを言われたりするんです。まあこれのお返事は「たまに夕食おごってもらうかなー」て感じなんです。

 まあね、あんまりちょくちょく、人のために動くこともないんですけど、こういうことがあると結構、手間暇かかることをやっているわけで、かかる時間もちょっと多いわけで、確かに傍から見たら、一方的にお世話しているだけ、のように見えてしまうみたいなんですね。

 でも、これ「何かを奉仕してあげている」なんて気分、全くないんです。「この人に他でお世話になっとるし」とか「いずれお世話になるやろし」なんてことも思っていないんですね。ましてや「喜ぶ顔が見たいから」なんて思ってません。「情けは人のためならず」という言葉の正しい意味の考えでもないです。

 職場で、目の前にいる人に「俗世間と離れた人」なんて言われるんですが(それもどーやろねー)、そんな「奉仕の精神」とか、全く思ってません。それと、これが自分のためにもなるし、ということでもないんです。

 つまり、このブログのどこかをお読みの方ならお気づきですね。

 楽しいから・面白いから。

 ほんと、それだけなんです。まあ、「楽しい」の基準って、結構私の場合、人とずれているかも知れませんので(てか、完全にずれてしまっているんですけど。認めます。)、実は意外なツボで喜んでいることが多いんです。

 それで「○○してくれんけー」と言われて「いいよ」と言うときとか、「○○してあげよか」と言うときって、既に直感で「楽しそう」と判断した上で、言っていることです。その直感って、今まではずれていたこともなく、傍から見たら人のために手間暇かけていることでも、引き受けて損したとか、やらんとけばよかったー、なんて思ったことないです。

 で、どの程度のことをやっているかなんて、相手のいることなんで、ここでは書きませんけど、まあ、ここで書くほどのことでもないです。軽いことです。

 そんなことで「楽しそう」と判断して、物理的に可能なら(つまり、時間があれば)、別に鹿児島でも青森でも、車で送ってあげますって。もちろん、軽四でね。下道でね。高速より下道の方が楽しいやろー。(もちろん誰でもというわけでないですよ。知らない人から「じゃあ、送ってください、なんてメールが来ても対応しませんって。)

 それで、今日の午後から、某前職の友人が、わしに何かをさせにうちに押しかけてくるんですけど(その電話が「あそぼー」ということやった)、それで、その内容が結構手間暇かかることなんです。やっていることも、どちらかというと「硬いこと」なんですけど、結構「ウヒャウヒャ」言いながらやっていたりすることもありまして。この人、私がこういう気持ちでやっているって、多分知っているはずの人で、だから言ってくるんでしょうけど。多分、過去、そして将来的に仕事のことを考えると、この人の存在って、すごく重要になると思うんですが、ともかく、今は純粋に楽しまさせていただいております。

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