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2007年6月20日 (水)

お金

 一昨日の話なんやけどー。いつものコンビニで(やっぱり昼食の話やった)、弁当(ちょっと軽いやつ)+パン+大きいプリンを自分の分として、あと、ちょっと買い物を頼まれた越前おろしそばを買うたんです。総額977円。そしたらその店員さん(店長さんかな。よくレジをしていただきます)、箸1膳しかくれんかったんですね。まあ、会社にも割り箸あるし、いいわー、と思ってそれで終わったんですが、これ、一人で食べると思ったんですかねー?。

 で、会社に帰ってそれを何人かの人に言うと「そりゃ、いつも結構食べとるし、一人で食べると思ったんやろー」と、言った人全員に言われました。まあ、食べて食べれん量でないかも知れん。てか、食べれって言われたら食べるし。夕食でアルコール付きなら、普通に食べる量やし・・・。

 そんなわけで、意外とまわりの人が思うほど食べないんですよ。おはようございます。川口です。お元気でしたか?

 そろそろ、各信用金庫・銀行あたりで、定期預金をしたときの景品がよくなる、夏のキャンペーンのシーズンになってきましたね。いつも行く信用金庫でもチラシを渡され、何となくもらう景品を決めつつあるんですけど(また貯蓄預金から振り替えとくか)、何となくそのチラシを見ながらロビーで、昨日、ぼーっと考えていたこと。でも、今日は話がまとまるかどうか分からないんですが、文章化しておきます。

 お金に対する考え方、って人それぞれですよね。という話。それでお前はどうなんやー、という展開なんやろと思われたと思うんですが、そうです。

 私の場合、そんなに気にしていないというか、仕事で思いっきりお金のことに振り回されているんで、せめて私生活では、通帳間で移動させて遊ぶことはあっても、足りないとか、貯まらんとか、そんなことでは苦労したくないなという思いと、気にしたくないという思いがあります。

 かといって、支出抑制しているとか、細かいところをきっちりして貯めようとか思っとるわけでなく、意外とどんぶり的なところが多いです。電化製品を買うとき、複数店をまわることなんて絶対せんし、値切ることもないし、明日安くなると分かっとっても、面倒なんで今日買ってしまうし・・・。あっ、これ、仕事でそんな感覚というわけでなく、あくまで私生活ね。

 だいたい、頭の中にあるのは「一物一価主義」でして、店員にごねたら安くなるって、絶対変やー、と思っていまして(*この文章最下部に注釈あり)、もちろん「さらにお安くします」って書いてあったら、安くなるんで聞きますけど、そうでなかったらもう、ビデオデッキぐらいなら直接、自分で該当商品を下の棚から見つけ出してレジ持っていくぐらい。もうね、さっさっと買ってしまいたいんです。

 ただ、同じ種類の商品で、値段が違った場合は、いろいろと悩みますよ。パソコンなんかもそうなんですが、最上位を買えばいいんですけど、じゃー、そこから落として行くには何をはずすか、CPUを我慢するか、メモリーを我慢するか、HDか、テレビチューナーか・・・。そんな感じである程度の妥協点は追求しますけど、かといって最下位には落とさず、値段と機能の妥協点を探る努力はします。

 そんなわけで、決してケチるわけでもないんですが、かといって、無造作にお金を使うというわけでもないんです。子供の時からあんまり小遣いもなかったし、大学の時は稼がん代わりに(アルバイトができない)、使わん(遠距離通学)という感じやったし、金銭感覚が割と、使わない方向に染みついているんですよね。だから、自分の正常な感覚でお金を使う限りは、そんなにお金は減っていかんという感じなんです。

 100円単位のお金をケチるために、何かを我慢したりとか、人付き合いに亀裂を発生させたりとかそんなことはしないつもりなんですが、かといって贅沢をしたりとか、買っても意味ないもんを買ったりとかはしないつもりです。というか、感覚的に買わん方向になってしまうんです。

 車なんかも、別に大きいやつが欲しいとも思わんし、軽自動車で十分やと思っとるし、かといって自転車ぐらいは積みたいし、ということで今の車がちょうどいいんですね。これ、貯まったお金に合わせて大きな車なんか買うと、お金がなくなっていくんですけど、軽自動車でいいと思うところが、結局は自分の金銭感覚なんやろうな、と思うんです。でも、住んどるところを考えると、車なしというわけにもいかんし、やっぱりこのへんが、自分の感覚に正直な「妥協点」なんですよね。

 そういうことをやっていて、実家に住んでいて、養う人もおらず、一定の生活費を家に入れている分には、割と自然にお金は貯まっていくんですが、これも「貯めよう」と思っているわけでなく、「あー、なんか貯まっとる」という感覚。もちろん、メインバンクとのお付き合いや、お世話になったところとのお付き合い上、定期積金はしますし、投資信託もお付き合い上やってますけど、別に増やすつもりもあるわけでなく・・・、なんです。

 まあ、ある程度まとまったお金が貯まったところで、親と共有名義(ただし持分は少ない)にした今住んでいる家の、自分名義の借入は数年前に一括で返したんですけど(だって利息もったいないもん)、やっぱり貯めても、どっかで出て行く時期ってあるもんですね。そういうときは納得さえできれば、その流れには刃向かわないのも大事なんかと。

 それで、仕事上の夢を求めていたら、多分、どっかの段階で1~2年ほど、無収入になる時期も来ることもあるかなー、というのは、就職したことからずっと頭の片隅にあることなんです。むしろ、夢が叶うときって、一定の資金も必要かなということもあり。そんなわけで、住宅ローン返済以外で、貯まったお金はどっかの段階で使わざるを得ないときはあるはずなんで、大事にはしますよ。

 なんていうか、他の条件は整ったのに、お金のために、泣く泣くそのチャンスを逃す、というのはちょっと悔しいじゃないですか。ですから、無理して貯めるわけでもないですが、自然に貯まったお金は無理して使わない、という感じなんです。

 ですから、自分の感覚で背伸びをして生活水準を上げるわけでなく、かといってけちけちして何かを我慢したりするわけでなく、自然に生きていける分で貯まっていく、という流れで今、生きているんで、今のところは特に金銭感覚に対して検討することってなかったんや、と思ったのでした。

*注釈…「一物一価主義」と、値切らない、という話なんですが、まあね、確かに仕事の内容と頂くお金が比例関係にない業界に8年半もいたんで、これはあり得ないということは身をもって分かっとるんですけど、まあね、私にものを売ったり、役務を提供してくれるところには、特に小さい企業については、それに対して適正な利益は取っていただきたい、という考えはあるんです。もちろん、ボロ儲けされたら悔しいですよ。でも、無理して値切って、損はしてもらいたくないんです。もちろん、損をしてでも売って、メリットがある在庫整理なんかは、それでいいんですけど、そんな事情以外で、「あいつに売ったために損した」なんてことは、私に対してはして欲しくないなという思いです。

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