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2007年6月 2日 (土)

がんばるバンク

 某嫌いな銀行であっても(昨日の記事参照)、会社としては口座があるわけで(実は個人でもあるんですよ。でも1年半以上、いや、もう一つの支店に至っては5年以上動きがないですけど。解約しよっかなー)、仕事でそこのATMには毎日(複数回)行くわけなんです。それで、そのATM、待機状態になっていて、人が近づくと画面が戻り、ちょっと時差があって「いらっしゃいませ」と音声が出てきます。

 それで、毎日触っていますと操作自体が速くなってきますよね。それで、「いらっしゃいませ」が言い終わらないうちに、メニューを選択して通帳を入れていたりするんで、この「いらっしゃいませ」が途中で終わってしまうんです。これが、いつも絶対「いらっ」というところで終わるんです。

 まあ、ワシがこの銀行嫌いやからって、ATMまで「いらっ」とせんでもいいがにねー。お互い嫌っとるんかねー。ATMの中の人にまで嫌われとるみたい。そういえば以前、お金を詰まらせてしもうたんもこの銀行やったし。ということで特定の銀行をお互いに嫌ってしまっている川口です。今日は晴れてた朝ですが仕事です。おはようございます。

 えっとですね。今日はちょっと熱い思いを書こうと思ったんですが、前置きが長すぎましたねー。まあいいか。ちなみに今日も途中で朝食(及び諸々の用意)を挟む予定です。

 昔、石川県には石川銀行という第二地銀がありました。かつては「加州相互銀行」だったわけですけど、ともかく、2001年12月に破綻してしまいまして、その後、主に北陸銀行、そして金沢信用金庫が次に多かったかなー、あとはいくつかの銀行などに引き受けられました。借入は査定をパスした相手先のものが、受け皿の金融機関に引き継がれ、それ以外は整理回収機構(RCC)に引き継がれました。

 それで、実は私、ちょっとした機会があり、この銀行がメインバンクだったわけなんです。定期積金を最初にやったのもここでしたし、いろんな引落をここでやっていました。給与はここに入れてもらえなかったんですが、すぐにおろしてここに持っていきました。それで、2つの支店に持っていたんですけど(もう一つはメインではなく、ずっと前に書いた「旅行用通帳」)どっちも金沢信用金庫(きんしん)に引き継がれまして、もともと定期積金でお付き合いがあったこともあり、今ではこちらをメインバンクとさせていただいています。

 いやね、この石川銀行、結構マッタリした雰囲気というか、独特の「緩さ」がありまして、もちろん、金がなくなるとか、信用できんとか、そんなんじゃないんですけど、殺伐とした某銀行に比べて、落ち着く雰囲気があったんですよね。いい意味での「緩い」銀行。まあ、そのまま残っていたら、そのあとの金融の流れで、そんな雰囲気が続いていたかどうか分かりませんが、ともかく大好きな銀行でした。そーいえば、ここからお金を下ろして、現金を持って今乗っている車を買いに行ったんやよねー。個人的にも、いくつかの思い出があります。

 それで、まあ、東京支店での融資云々の関係から破綻したようなんですけど、まあ、その直前にちょっと無理しとるなー、と思うような定期預金があったり(新頭取就任記念というやつ。私も、しましたよ。)各取引先に増資の引き受けをお願いしてまわったりと、ちょっとおかしなことにはなっていました。この増資ですけど、破綻してしまったら単なる紙くず。訴訟に発展したり云々。と。

 そんな最期だった石川銀行なんですけど、結局ですね。某「石橋を叩いても渡らない銀行」が、なかなか貸してくれない、じゃあ、こっちへ行ってみたら、すぐ貸してくれたー、という話をいろんなところで聞くように、結構、中小企業にとっては有り難い存在だったんです。

 いろんな数字から判断して、借入多いやろー、と思う中小企業って、割とここをメインにしていたり(ただしその逆、ここをメインにしているから借入が多かったというわけじゃありません。もちろん、某銀行をメインにしていても借入が多いところだってあります)、ということで、多分、この石川銀行がなかったら、商売を続けれんかったやろうなー、という中企業って多いと思うんです。

 でも、その間にどうにか持ちこたえる力がついていたんでしょうね(もちろん、破綻後のRCCとの取引関係もあるけど)。確かにこの銀行が潰れてから、それが理由で倒産した会社もあるにはあるんですけど、それがそんなに多くないように感じるんです。つまり、ある時期に危機を乗り切って、それが今まで続いている、というのは紛れもなくこの銀行のおかげ、という会社って、沢山ありそうな気がします。(一応、推測という形にしますね)

 そういうことで、増資を引き受けて、それが紙くずになったとしても「お世話になったところやし」ということで荒立てていない人も多いみたいです。

 そんなことを考えると「雰囲気」で好きになったこともあるんですけど、多くの中小企業を実は救っていた、ということでこの銀行、ほんと大好きな銀行なんです。今でも残っていたら、個人的にはメインバンクとしているはずです。某銀行に見放された中小企業がどれだけ救われてきたことか・・・。まあ、最期にはちょっと大きな会社におかしなことをしてあんなことになったんですけど(これは今回の本題でないんでスルー)、そういうところでなく、中小企業を救っていた、というところを評価したいと思います。(まあね、利率は高かったんやけどね)

 破綻してから、受け皿に引き継がれるまでの約1年3ヶ月。個人的にその間に定期積金が満期になったわけで、その手続にその銀行へ行きまして、普通は「じゃー継続して新しいもんを…」と言われるところなんですが、まあ、当然、そのままスルーしそうになりまして、こっちから「じゃー同じもんを続けてお願いします」と言ったら、なんかすごいびっくりされました。なんなら、ついでに満期になったもんまで定期預金にしとるし。

 どうせ、国の管理下にあるんで、安全ということは分かってましたし、受け皿金融機関に引き継がれるだけ、というのも分かってました。でも、気持ちの問題。「今までありがとう。個人的にもそうやけど、石川県が元気なんもその何割かは石川銀行のおかげです。」という意味での「継続」でした(口には出さなかったですよ)。なんかその継続したとき、妙に行員さん、嬉しそうで、いっぱい粗品くれたなー。

 そんなわけで、その破綻の当日。その日自体はそんなに騒がなかったんですが(てか、年末の最終営業日に破綻の発表ってねー。)夜、年末最終営業日だったんで、サーバーのバックアップをしていて、途中で失敗したんで特に他に仕事をする気もなく23時過ぎまで残っていたんです。そしたら、電話が鳴りまして、「うち石川銀行メインなんやけど、大丈夫?」という電話。一応、この時点で知っていることをご説明して、とりあえずは安心していただく方向でお話ししました。

 で、年が明けてから、そこの担当者であった某友人に「そんな時間にかけてくる方も書けてくるほうやし、それに出て答える方も答える方やわー」と言われたんですが、数年後、そのお客さんが「あの時電話して、答えてくれた子、元気?」とおっしゃっていたそうです。覚えてくださってたんですねー。

 石川銀行の各支店があったところ、建物はそのままで別の事務所が入っていたり、コンビニになっていたり、あるいは全く別の建物に変わっていたりと、様々なんですけど、そこの前を通るたびに「ここは前、石川銀行やったんやなー」ということを思い出しています。

 そんなこんなで、まだ今ほど公私で銀行とお付き合いのなかった時代になくなってしまった銀行なんですけど、それでもいろんな思いのあった銀行でした。確かに、これだけいろいろと思う銀行って、もうないですし、今の金融環境上は無理なんかも知れませんね。そんなことで、せめて銀行より信金に期待してしまうのでした。某金沢信用金庫さん、今後ともよろしくね(笑)。あと、能登信用金庫さん(現:のと共栄信用金庫さん)、あの時はありがとうございました(謎)。メインとはしませんが、今後ともお付き合いさせていただきます(笑)。

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