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2007年7月26日 (木)

惰行運転

 某資格試験まであと2週間・・・、ってときにちゃんと勉強しとる、って初めてかも知れません。なんかね、ハードルが高いからこそ、どっかで諦めとる部分ってあるんやよね。てか、今までは9月から始めて、年を越すことが少なかったかも(笑)。でもなぜか1科目受かっとったりするし。この1科目がなかったら多分、今頃この試験は受けようと思っとらんかもね。あーそういえばその1科目受かった前の年は、教室の個別ビデオブースに通っとったし、その時は2週間前はちゃんとやっとったかも。でも講義を聴くだけやったけど。これ10年前の話ね。

 ただし、今やっとることって、5月以降の「直前対策」ってやつを、ばーっと講義を聴いとるだけねんけど、でも結構見えて来るもんってあります。多分、来年は違った目で勉強できるはず。

 ってことで、今日は曇の朝。川口です。おはようございます。

 そういうことで今日は若干重い話で、しかも昨日考えついただけやし全く頭の中でまとまっとらんことを書きます。ってことで、多分、空中分解して終わりやと思いますが、ご了承ください。なお、前置きに書いたことと関連があるような感じがしますが、頭の中では関連していません。

 一生懸命、あるいは全力で何かをする、ってどういうことなんやろうね、って話。

 例えばですよ、自転車を漕いどって、で、なんか一刻も早く目的地に着かんならん。例えば遅刻しそうとか、そんなことで、それでも、すべての信号を遵守するとしましょう。

 そうしたら、前の信号が赤になったと。このまま全力で漕いでもあの信号で足止めになるがは決まっとるし、ここで漕ぐ足をゆるめて惰行運転に移ってもよい状況。つまり、静かに停まるってこと。

 そうなると、この惰行運転の間って、自転車を一生懸命漕いどることに・・・、ならんげんよね。でも前の信号が赤って分かっとって、それでも全力で漕いで、信号の前で急ブレーキかける・・・ってことをすると一生懸命漕いどることになる?

 ってことなんですね。一生懸命目的に対して進んどって、でもある区間だけは力を抜いても、又はそれでも全力でやっても(金沢弁で「がっぱになってやっても」)結果は同じってことが見えとるとき、「全力でずっとやり続けてました」って言えるんは後者なんやよね。

 でも前者の方が、この例えでいうとその信号通過後のパワーは出るはずやし、なんなら交差する信号を見ながら計算して、青になる瞬間にその交差点を渡るように速度調整すれば、停まったときよりもスタートダッシュはいいはず。停まらん分、先進むはずなんやよね。

 どっちかというとワシは、前者(注:当日21時頃まで「後者」って書いとったけど、前者の間違い)、つまり何か全力でやらんならん、って時でも冷静に計算して、打算的やって言われても、できるだけ合理的にやっていきたいって思うんですよね。なんか、がっぱになってやる、って時でも、どっかで冷静に自分を見ておく分も残しておきたい、って思うんです。

 この例えの場合、「遅刻したらいかん」って思って自転車を漕いどると、前の信号がどうなるかって、気づかずに全力で漕ぎ続けることになる、つまり周囲が見えとらん(この場合は周囲というよりも前が、っていうことになるかな)ことになることもあるやろうし、全力で何かをやらんなんってとき、場合によってはそういうことにもなりますよね。

 でもね、どんな状況でも、どっかでこの先、これ続けたらどうなるか、って部分を冷静に考える目は残したいな、とは思うんですよね。突き進んどるけど「戦略」「戦術」(この区別はここでは行いません)って常に検討していきたいと。

 でね、これ、2週間後の資格試験の話とは関連しそうやけど、今はしてません。半年前にどっちかというと全力で勉強しとったときって、「これいつまで続くんやろ。それにしても例年より続いとるな・・・」っていう冷静な頭はあったけど・・・。でも、ちょっとしたきっかけで崩れた・・・(これは前に書きました)。まあ、これは来年への教訓で。

 で・・・、なんでこんなことを考えたか、ひょっとしてなんか別に全力でやらんなんことできたん?って思われるかも知れませんが、違います。単に、この例えどおり、自転車を漕いどって、具体的にいうと郵便局から会社まで自転車を漕いどって、信号の前で減速して、っていうこと、つまり例えそのもののことをやっとって思いついただけでした。てことで、そんな出来事まで日記のネタにしてしまったのでありました(笑)。ひょっとしたらこのあと、頭の中でもっとこねくり回してしもうて、またこのネタで書くかも。

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