« 更新しました(第589版) | トップページ | 0系 その2 »

2008年12月 8日 (月)

0系 その1

 おはようございます。

 って、昨日はほんとよく昼寝をしたんですが、その影響もあってか、深夜に夢を見て目を覚まして、3時台の終わり頃~5時頃にかけて1時間半ぐらい、布団の中で起きていたんです。

 その夢というのが、なぜか0系新幹線が出てきたんです。夢に出るほど0系新幹線に思い入れがあったんやね・・、っていうほどでもなく、なぜか0系。何でやろ?

 確かにね、保育所やったか小学校やったかの時に、近所の蛸島駅に0系新幹線が停まっている夢を見たんですが、まあ、新幹線営業運転開始と、能登線全線開業の年が一緒、っていうぐらいしか共通点がないんですが、明確に新幹線が夢に出てくるって、覚えている範囲ではそれぐらいかな?。もちろん、覚えていない範囲では結構あると思うんですが。

 それで、0系新幹線。確かに、定期列車としての営業運転が終わりまして、そのニュースも見ながら、ちょっと残念な気分にもなりつつ、しかも、混雑する前の今年1月にはちゃっかり新大阪-広島間を意識して乗っていたりするんですけど、さて、それほどこの新幹線、なじみがあったかなと。

 いや、もちろん、個人的にはあるんですよ。父親の実家って、長崎県なんで、結構これって乗っているんです。山陽新幹線としての0系にはお世話になったなと。もちろん、これには「雷鳥」と「かもめ」がセットになっているんですけど、あと、片道は「あかつき」になることが多かったかな・・・?。でもやっぱり新幹線というと0系。

 それで、東海道新幹線としてはどうなんやろと。実は趣味の活動の中で東海道新幹線って乗ったことがないんですよね。JR線完乗っていう話で、新幹線を除外していたりしまして、あと、JR東海を完乗したときって、今ほど積極的に新幹線を使うことなく、アプローチにも普通列車を積極的に使っていたんで、結局、「乗りつぶし」では乗らず終い。その後も、東海道新幹線沿線ってほとんど行くことがないんで、やっぱり乗っていないんです。

 記憶の中にある東海道新幹線米原以東の乗車って、実は2回だけでして・・・
 (1)保育園児だったとき、埼玉県の親戚の家から、たまたま大垣にいた(住んでいたわけではない)母親の友人のところに寄ってから、帰った
 (2)実は中学校の時の修学旅行って、転校した関係で2年生(珠洲市在住)と3年生(金沢市在住)の時、それぞれ行っていたりするんですけど、そのうち、2年生の時が「京都と東京」っていう、方面的に訳分からんところだったため、京都→東京、っていう移動に東海道新幹線に乗った。(ちなみに、東京からの帰りは長岡経由の上越新幹線ね)

 という2回だけ。ありゃ・・・。あと、あえて「米原以東」と書いたのは、米原以西だと、一度、10年ちょっと前の祖母の葬式の時、一番遅い帰宅を追求していたら、博多→新大阪からひかり(今はこだま)→米原乗換→加越、っていうコースがありまして、それで乗ったのと、10年前までは九州方面へ行くときに京都で乗り換えたことが何回かあったということ(今は新大阪乗換にこだわっている)でして、ちょっと除外しました。

 そういう話で、上記(1)の時は、1980年とかそんな感じなんで、0系しか走っていない、(2)は1988年のことで、100系とすれ違った記憶はあるんですが、たしか0系だったはず・・・、ってことは、東海道新幹線米原-東京間って、0系でしか乗ったことがないんか、っていうことに気づいた次第で。

 という話なんですけど、本題は0系って、北陸(のうち、金沢以東。能登を含む)に住んでいると、一般的にそんなに「乗った記憶」としてはなじみがないやろ、っていうことを書きたかったんですけど、時間が来てしまいましたので、今日は「私と0系」っていうところで止めと来ます。

 なお、音声の話については、削除が成功したら書きます。それにしてもFTPソフトで、ファイル一覧が取得できんので、削除できません。この前繋がったんですけどね・・・。

|

« 更新しました(第589版) | トップページ | 0系 その2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 更新しました(第589版) | トップページ | 0系 その2 »