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2009年8月26日 (水)

森田・牛ノ谷他:トピック的

 ということで、バーベキューの(って、これ書いてなかったですよね)前に福井方面へ行ってきたという話のつづきなんですけど、今日はちょこっと、内容を書いていきます。

(3)森田駅
 そんなわけで、急遽、牛ノ谷・細呂木と福井駅だけにするつもりが、その福井駅が森田駅になってしまっていたわけなんですけど、いやほんと、行ってよかった・・・。

 基本的に、通勤とか通学で列車を使うということは、今まで生きてきた中でそんなになくて、中学校(ただし、珠洲に住んでいたとき)の時に、雪が積もっているときだけ、今は亡き蛸島-珠洲間を通学していたのと、あとは大学の時に金沢-森田間を通学していたぐらい。

 っていうか、その大学の時の4年間っていうのが、「通学」というのにしては強力だったりするんですけど、ともかく、この森田駅というのは、雪が降って自転車に乗れないため、当時の京福電鉄(今のえちぜん鉄道)の越前島橋駅まで行っていたとき以外は、いつもお世話になっていた駅なんです。

 というわけで、卒業後は普段は列車で通り過ぎるだけで、大学を卒業してからこの駅で乗り降りしたのが、1回だけ、ちょこっと大学に行ったのと、あとは、今掲載している「区間全駅」の取材に行ったときだけだったわけで。

 それで、かなり久しぶりに降りたわけなんですが、ほんと、この駅で降りるタイミングって、12年以上経っているのに体で覚えているもんですね・・・。ほんと、このへんを通過したら席を立ち上がろうとか、だいたい決めていたんですけど(特に、朝なんか475系だと出入り口付近に人が溜まっているんで、かき分けることを考慮した絶妙のタイミングなんですけど)、思わずそのタイミングで立ち上がってしまいました。

 それで、ほとんどこの駅の造りって、その当時と変わっていなくて、まあ、駅の隣にマンションができたぐらいなんですよね。(ただし、これは「区間全駅」取材当時はすでにできていた)

 あとは、トイレがきれいになったのも、自転車置き場がきれいになったのも通学していたときの間の話なんで、基本的にそれらはそのまま、12年の時が経てその時の真新しさだけが無くなった状態で使われています。

 駅舎内は少し変わっていて、きっぷの自販機ができていたり(これも「区間全駅」取材当時にはすでにあった)、多少、出札口の中が変わっていたりしたんですけど、でも大きく変わらないかなと。

 それで「区間全駅」取材の時は雨も降っていて、しかも時間もなかったんで、そんなにゆっくりもしていなかったんですが、今日はあえて多めに時間も取ったんで、多少ウロウロしてみようかなと。

 「大学の時に過ごした町」っていうことで、もちろん、大学の回りもそうですし、あと、意外と金沢市内も土日とか、平日の帰宅後とか、大学生の時だけの動きっていうもんがあるんですけど、この森田駅のまわりも意外と「大学の時に過ごした町」って言っていいぐらい、思い出もあるわけで、一つ一つの店から、何となく懐かしさを感じるわけです。

 まずは駅前にある駄菓子屋さん・・・、のはずだったんですが、ちょこっと見てみたら今は煙草しか売っていなかったようです。夕方、列車に乗ろうとして、金沢までかなり時間があるのに小腹が空いたな・・・、っていうときによくポテトチップスなんか買ったんですけどね。しかもカルビーでなくて小池屋とか。

 そこからしばらく歩きまして、県道に出まして、そこからちょこっと歩いて森田駅前のバス停。たしか、ここから大学まで1日3本とか4本とかしかないんですけど、うまく接続が合えば、雪の日、わざわざ越前島橋駅まで行かずにここから大学へ行くバスに乗ったんです。(といいつつ、このバス停から一バス停向こうの「六才橋」へ行くと、実は運賃が1段下がるんで、時間があるときは六才橋から乗ってましたが・・・。)

 そういや、大雪で、列車は動いたんですけど、バスが来ずにずっと待っていたときがあったな・・・(今はそんな状況になると列車の方が動かないんですけどね)。ほんと、大学の授業で、欠席したのはその大雪の日にバスが来なかったあの日だけなんですよね・・・。(あと、4年の時、ゼミしかなかったときに祖母の葬式があったときと・・・。)

 そこからもうちょっと歩いて、確かコンビニがあったはず、それで、いつもの列車より1本(っていうことは1時間ね)遅くなるときはそのコンビニで弁当を買って、森田駅で食べて、それから帰るっていうパターンもあったんですが、たしかサークルKだったはず・・・。

 で、行ってみるとファミリーマートなんですよね。どっちやったかな・・・。そういわれてみたらファミリーマートだった気もするし、そういや、一時期、サークルKが減って、ファミリーマートが増えた時期があったんですが、その時に変わったんかなと思いつつ、とりあえず、昼食を軽く買いました。なお、その買ったものは当時を思いだして駅で食べました。

 そこから森田駅まで戻りまして、でもじっくり歩いてみると、当時自転車で通り過ぎていて、気づかなかったというか意識になかったものもあったんだなと言うことを発見。観音というかお堂というか、ちょっと小さい神社みたいなやつ(宗教がバラバラ)があったの、12年経って初めて気づきました。

 そうして、駅に戻り、ちょこちょこと構内も撮り、時間があったんで駅舎と反対側のホームの待合室へ。

 ここもですね、結構思い出があるんですよ。なんせ、通学の時間帯だというのに1時間に1本しか列車がないんで、結構待つことも多く、ここで結構いろんな本も読みましたもんね・・・。今では仕事でも、あるいは税理士試験でも切っても離せない「簿記」というものの勉強の初期なんか、結構ここでテキストを開いて読んでいましたし。ある意味、今の生活を支えているものの原点なんかも知れません。

 ということで、列車が来まして。しかも3両編成の最後尾のドアの位置もしっかり覚えているんですよね。目の前にドアが来ました。

 ただ、当時と違うのが、駅舎と反対側のホームの待合室から見える風景の中に、中角駅とか、今のえちぜん鉄道の駅の存在を意識できるようになったこと。そういや、当時、1回ぐらいしか京福電鉄の三国芦原線に乗ったことがなかったんです。逆に言うと、大学に通っていたときよりも、三国芦原線というのは身近なものになったようです。

(4)その他の駅
 っていうことで、森田駅でどれだけのスペースを使うんや、っていう話ですが、あとは軽く。

 そのあと、牛ノ谷駅。この駅はこの区間で唯一、構内踏切の駅でして、なかなかいい雰囲気の駅ではあるんです。っていうことで夏らしい風景を味わったあと、丸岡駅へ。

 丸岡駅は旧丸岡町でなく、旧坂井町にあり、でも今ではどっちも坂井市か・・・。ともかく、そういう駅なんですが、この駅から田んぼが広がっていたっていうこと、通学の時にほとんど意識していなかったんですよね。

 それで、今回、他のどの駅に降りようかな?って思ったときに、この駅で青々とした水田を見て、降りることに決めたわけなんですが、そう考えると旧坂井町って、水田のそばの駅が多いんだなということを改めて発見。(えちぜん鉄道三国芦原線にも、水田に映える駅がいくつかあります。)

 そんなわけで、何となくこの駅は三国芦原線の大関駅とか下兵庫駅と雰囲気が似ているかも、っていうことを思ったのも初めてだったりします。降りたのは3回目か4回目のはずなんですけどね・・・。

 それと、時間調整で芦原温泉駅。ここも何度か降りているんですけど、温泉旅館の広告とか、あと、停まっている温泉旅館の送迎バスを見て、仕事を思い出した、っていうところが、何となく今までと違う感覚でこの駅を見るようになってしまったところかも知れません。

 そんなわけで、今回はあえて4駅に絞りまして、昔からよく知っている駅を改めて、前回降りたときから1,000駅以上降りた目で改めて見てみたんですが、逆に新鮮な気分を味わいつつ、ほんと、こういうことを改めてやってみてよかったなと思いつつ、用事(ってなんの用事かはもう書きましたけどね)へ向かったのでした。

 そんなわけで、旅行記が2回分続いてしまったんですが、明日から普通の日記に戻りつつ、意外とその期間は短かったりして・・・。

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