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2010年2月11日 (木)

官と民

 さて、なんか遅くなりましたが、今日は面倒な話でも。ついでに、1日置いて、土曜日もその気になれば面倒なことを書こうと思っているんで、お許しを。

 それで、経理・会計のことをじっくり掘り下げて、何となく実体験を頭に置きつつも、頭の中でこねくり回したことを書くことが多いわけですが、ちょっと、それらのことを書く「バックグランド」として、公務員と民間の違いを書いてみようかなと思うわけです。

 たしか、3年ぐらい前に(探さなくてもいいよ)、公務員のことについて思うことを書いたことがあるんですけど、ちょっと違う視点から、というよりも、あの話は改めて考えると、ちょっと今となっては違うかなという面もありまして、改めて書いてみようかと思っております。

 最終的には、公務員と民間を比較しながら、実は中小企業の特徴、みたいな感じに持っていきたいので、えっとですね、決して公務員バッシングとかそんなことは考えていません。

 一部、経理的なことを織り交ぜますので「経理関係」のカテゴリーに入れます。(というか、その部分が書きたかった部分で、「結論」の内容が言いたかった訳ではありません。)

 とは言いつつ、どういう面から書いていけばいいか、未だに筋が見えてこないんですけど、書きはじめてみますか・・・?今回のはほんと、空中分解する可能性が高いので、空中分解する様を御覧ください。ということで、同一ページ複数記事表示で御覧の方は、この先、興味のある方だけどうぞ。

●官と民の違い
 これですね、結構考えてみたんですけど、世の中で言われている、特に「公務員バッシング」における「官と民の違い」って、決定的な違いじゃないんですよね。単に、現象として現れているだけで。

 例えばですよ、どこかの市役所の職員と、うちの会社の従業員を比べて、いろいろと違いは見えてくるわけです。そして、それが「官と民の違いだー」という話になってくるわけですが、そうやって見えたものが決して「官と民の違いの定義」じゃないわけです。

 よく言われるのが、公務員は「対価性がなく、全体の奉仕者として、利益を追求せずに、効率性・安全性・有効性・満足度・平等性など(利益以外の)尺度のバランスを取りながら職務を進めていく」民間は「利益を追求する」と言われています。(あー、ちなみに、公務員の今書いた定義は、いろいろなところからひっぱってきて作ったんで、これもやっぱり「定義」じゃないです)

 とりあえず、その属している組織が業務を行う目的が、決定的に違う、というだけであって、それ以外は何も変わらない、職務の対価として給与をもらう、という本質的なところは官も民も同じです。

 その公務員の業務が、民間と異なって「利益を生む」ということになじまないものを担当しているということもあり、様々なことが表面上、異なってきているだけであって、それがいわゆる「お役所なんて云々」ということになってきているだけであって、本質的には「業務を行う目的」が違うだけだと思います。

 だから、厳密な「違い」だけを見ると「官」と「民」には、働く環境としては決定的な違いはないわけです。(出てくる現象から見ると大きく違いますよ)この段階では「官」が「民」から「効率的な経営を学ぶ」とか「民間の厳しさを学ぶ」というところまでは派生しないわけです。

●私的に考えていたこと
 個人的には官と民の違いは、雇用が契約期間内(正職員の場合は定年か、別法人となるときまで)は確保されているか、意思と関係なしに失うことがあるかどうか、というところが違いかなと思っていたわけです。

 つまり、正社員・正職員であれば、「悪いことをしなければやめさせられることもないし、勤め先が潰れることもない。その組織がなくなっても、別の組織にあてがわれる」のが「官」で、本人の責任とは関係なしにやめさせられることもある、あるいは会社そのものが定年までの間、実在するかどうかも保障されていないのが「民」。

 ただ、これも、「官」が担当している業務の特殊性から「公務員の身分保障」という制度があるがために現れている現象の一つであって、決定的な違いじゃないかと思います。

 ちなみに、ちょっと今、この項目内で「定年までやめさせられることがない」とすんなり書けばいいのを、ちょっとまわりくどく書いたのは、臨時職員の存在、あるいは郵政省のように、ある日突然「公務員じゃなくなった」という事例もあるから、ちょっとそれを念頭に置いて書いてみただけです。

 しかしながら、これも決定的な違いじゃなくて、夕張市の事例や、あるいは、今後、公務員といえどもクビはあり得る、という話もあり、絶対的な違いではなくなってきているのが実情かも知れません。

 ただ、とりあえず「公務員は身分が保障されている」ということを考えると、「民間の厳しさ」という言葉の一部だけは具体性を帯びてくるわけで、単に「ノルマがある」とか「接客が違う」みたいな話じゃなくて、「もしかしたらどこかで失業するかも知れない」ということが頭にあるわけで、そうなってくると「民間の厳しさ」なんて、単に「民間へ研修に行った」から体験できる訳じゃなく、実際に「身分を外されて」みないと体験できないわけです。

●会計的に考えると
 と、会計的にちょっと考えてみるのですが、もちろん、事業目的が全く違うんで、会計制度自体は全く違います。最終的に「利益」を何種類も表示する「民間」、つまり企業会計は、官庁会計とは大きく異なるところです。

 というのではなく、民間の場合は、その事業から得られる収益によって、その事業、また、その組織を維持しなくてはならない、という命題があるわけです。

 つまり「利益追求」と言うと聞こえが悪く、でも「官と民の決定的な違い」で「民は利益追求だ」と言われる訳ですが、「利益」というのは、何も消費者を騙して、事業者が儲ける、あるいは労働者の労働条件を引き下げて、経営者が儲ける、という意味じゃないわけです。

 売上という「収益」がなければ、仕入ができない。つまり、売上の一部は、その売ったものを仕入れるためにかかっている。そして、売上から売上原価(仕入)を差し引いた「売上総利益(粗利益)」は、その品物を売るためにかかった費用(運んだり、店を維持したり、電気代やら水道代やら)として、あるいはそこで働いている人の給料を払うために必要なもの。そこから得られた「営業利益」から、その事業に必要な資金の利息などが支払われ、あるいは災害などの突発的な損失もカバーし、最終的に残った「税引前当期純利益」のうち、4割ぐらいは税金として支払い、残りがその事業に必要な資金(運転資金・設備資金)の返済や、あるいは株主という、資金を提供してくれた人の配当として使われ、さらに、今後、企業が存続するために、留保される、という訳です。

 今の話は「損益計算書」を縦にかいつまんで書いただけなのですが、「利益を追求する」というのは、何も「騙して儲ける」んじゃなくて、利益がないと、その会社は給料も支払えないし、借金も返せないし、会社も維持できないし、もちろん税金も払えないということなのです。だから「利益=悪」というイメージではなく、「利益がないと潰れてしまう」という意味で「利益」を捉える必要があるわけです。

 しかしながら、これが「そうだ、官と民はそういう違いなんだ」といえばそうで、確かに、税金で事業をして、給料を支払って、組織が維持されるのが「官」で、得た収益から事業をして、給料を支払って、組織が維持されるのが「民」という決定的な違いはあります。

 そこから「自分たちの給料を得るために必死で努力しているのが民で、税金でのほほんとしているのが官」なんていう話も出たりするんですが、そこまで行くと飛躍のしすぎで、一面だけの話になってしまうわけで、脚色をしすぎた話になってしまうわけです。

 ただし、これにもグレーゾーンがあるわけで、例えば「民間の保育所」なんて、「民」なわけですが、「社会福祉法人」となると、「官」から運営費などが支給される仕組みです。園児の親は所得に応じた保育料を役所に支払って、そこから園児の年齢と人数に応じた運営費が保育園に支給される、という仕組みで、直接的に園児(の親)から対価を得て事業を行っているわけではないのです。

 あるいは民間の企業であっても、このご時世、特に受注が大幅減少し、雇用を維持できないが、なんとかそれを維持するための助成金を受けて、どうにか雇用を維持している企業も多いわけです。

 そうなってくると、「民間は自分で稼いだお金で頑張っているんだ」というのが、「官と民の決定的な違い」となるかと言えばそうでもないといえるのではないかと思うのです。

●官と民の二項対立か
 このように、公務員と民間企業は決定的な違いがあるような、実はそうでもない部分もあるわけで、何となく割り切れない部分もあるような気がします。

 それで、じゃあ、「これだから公務員は云々」という話と「公務員よりも民間の方が恵まれているじゃないか」という話があるわけですが、果たして「官」と「民」は、決定的に二項対立の構図なのか・・・。

 実はですね、これ、個人的には「否」だと考えます。というよりも、実は、大企業が不況に晒される1~2年ぐらい前までは(3年ほど前に公務員の話をここで書いたあとの考えで)「公務員・大企業」VS「中小企業」という構図が頭の中にあったわけです。

 つまり、なんやかんや言って大企業の場合は「定年まで働くこと」を前提に就職するだろうし、「総合職」というものがあって、数年単位でいろんな職を企業内で点々とするし、労働条件も充実しているし、賃金カーブなんていうもんもあるし、むしろ中小企業から見たら大企業なんてこっち側(中小企業側)じゃなくて向こう側(公務員側)に近い環境なんじゃないかと思ってみていたわけです。

 例えば、春闘なんてあって定期昇給やベースアップがあって。それで、定期昇給やベースアップがない年があると、その年だけじゃなくて、定年までの生涯賃金に大きく影響する(つまり、その年の昇給分をもとに次の年以降の昇給があるのだから、その年の定期昇給がないと、その年だけの問題じゃなくて定年までの全部の給料に影響する)なんていう話を聞いたとき、唖然としましたもん・・・。大企業の給料ってそんなもんなんですね・・・。

 私の場合は、入口の段階(大学を出るときの段階)から、行けたかどうかは別として、大企業と公務員は選択肢になかったんですけど、それで、中小企業としての仕事の楽しみは十分に味わっているんで、それはそれで全く後悔はしていないんですけど、一度たりとも(といっても二社だけですが)、「この会社に骨を埋めるんだ・・・」なんて考えたことはないし、それが入る段階から「どこかの段階で何らかの形で辞めるか、この会社がなくなることもありうるだろうな」という思いで入っているんで(今の会社が危ないっていう訳じゃないですよ。会計事務所から見た財務内容を知っている人が転職先に選んだんで、むしろそういう面では問題ないと見てください)、全く、「生涯賃金カーブ」なんていう発想はなかったです。

 むしろ、今の会社を離れても、どこかの会社へ行くとして、それで使い物になるだろうか、今の会社でうまく働くだけの能力だけじゃ将来困るよな・・・、っていうことは常に意識しています。(特に、そこから出てくる近年の行動は書いているとおりです)

 中小企業はそんな考えの人ばかりでは決してないのですが、どこかに「一生安泰ではない」ということは頭の片隅にある訳で、それは多分、大企業と公務員になると、そう考える人の比率は少なくなってくると思います。

 だから、「自分の雇用は定年まで保障されているか」ということは、「官と民」の二項対立じゃなくて、それ以外のことでも、官→大企業→中小企業とグラデーションのようになっているのではないかと思うわけです。

 もちろん、これに「正規社員と非正規社員」という構図を考えると、また変わってくるわけですが、そこまで触れるとさらにこの文章が長くなるんで触れません。

 とにかく、「官」といろいろな面が対局の位置に存在するのが「中小企業」なわけで、企業内での役割分担の考え方にしても、今の自分が持っているお金にしても、会社を休むということにしても、様々な面で、多分、中小企業の人は公務員の方と対極的な考え方を持っていると思われるわけです。

●自分の給料についての考察。
では、「自分の給料を稼いでくるのが民、税金から給料をもらっているのが官」という話はどうでしょうか。

 これね、実は肩身の狭い部分でして、私の場合、経理担当者っていう立場なんで、決して自分の給料を稼いできている訳じゃないんですよね。だから、そういう意味では「食わせてもらっている」という立場。

 これ、結構、自分の中では「どうなんだろう」と思うわけで、給料を頂くのが申し訳なく思う部分でもあり、もちろん、経理っていう仕事は会社の中では無くてはならない部分で、誰かがこれをやらなくてはならない部分。会社の利益を稼いできている人に限って、むしろ嫌がる仕事でもあるわけで、おそらくですけど「こいつ、楽な仕事をしやがって」という目では見られていないとは思うのですが(見られているかも?)、前職では利益を稼いでくる役割だったもんで(顧客を増やすという意味じゃなくてね)、そういう意味では必要以上に、自分の役割について勝手に疑問に思うことも多いわけです。自分で勝手に自分の肩身を狭くしているんです。これについては置いといて。

 そう考えると、民間企業の経理・総務、っていう立場から見ると、むしろ公務員の方の中では「接客」ということをする人もいるし、一部対価のようなもの(手数料)を得ている立場の方もいらっしゃいますし、真偽の程は置いといて、税務署調査官のように「自分の給料は稼いでこい」と言われている方(という都市伝説)もいらっしゃるようです。そうなってくると、その人の仕事が利益に結びついているかどうかということが、民間で働いている人と公務員との決定的な違いにはならないわけです。

 ただし、自分の組織の経営状況と、自分の仕事との関係は意識せざるを得ないのが民間なわけです。

 例えば、資本金1千万円の中小企業があったとします。(というか、沢山あります。)そこで、利益を全く生み出さない、管理部門の従業員がいます。その人に年間給料と賞与、そして社会保険や雇用保険、さらにその人が会社にいることによって追加的にかかってしまう経費など、合わせて500万円かかったとします。(これ、計算を分かりやすくするための数字なんで、給料だと思わないでね)

 そうなると、2年間で1千万円かかるわけです。その500万円という数字が333万円だったとしたら3年間で999万円。約1千万円。つまり、資本金の額になります。

 中小企業の場合、そんなにバンバンと利益が出ている訳じゃないんで、前職でのいろいろな会社を見ていても、自己資本の部=資本金以上、つまり、過去の利益の蓄積がいくらかでもある、となると、どちらかというと健全な会社に分類されるような気がします。

 もちろん、絶対的にそうじゃないんですけど、「繰越の赤がない」というのは、銀行から見ても評価が違います。

 逆に、自己資本の部がマイナス、つまり、過去のマイナスの蓄積が資本金を上回っている、つまり、会社には資産よりも負債の方が多い、つまり「債務超過」という段階があります。その段階を超えると、銀行からの評価は大きく下がります。

 つまり、その「繰越損失がない」という段階と「債務超過」の段階の間には、単純に見て(自己資本の部に積立金などがないという前提で)、資本金の額、ここでは1千万円の間しか、幅がないわけです。

 となると、利益に結びつかない人を、余分に一人、2~3年雇うだけで、資本金の額同額の利益が変動する、となると、債務超過と繰越損失がないというラインの変動幅になってしまうわけです。(もちろん、そこへ至るまでには他に調整手段はありますが、単純な話として。)

 利益に結びつく人を雇うなら「まあ、自分の給料分ぐらいは稼いでくるだろうし、稼げなくても、将来稼いでくれるだろうし、新人のうちはいいかな?」という判断になるんですけど、中小企業にとって、利益に結びつかない人を雇うということは、その人がいるのといないのとでは数年で財務状況が大きく変わる、ということになるのです。

 ということで、中小企業って、下手に余計な人を雇えない、つまり、もともと余剰人員がいない、つまり、実は一人一人がある程度以上のレベルじゃないと大企業や公務員以上に会社に影響がある、という論理でした。

 なんか話が飛びましたが、そういう意味では「民間の厳しさ」というよりは「中小企業の厳しさ」というのがあるわけです。

 だから、中小企業って、自然と、そこにいる人は「何でも屋さん」になりがちなのがお分かり頂けますか?。「こんな仕事は自分の仕事じゃない」という大きな会社にありがちな思想は、中小企業では通用しないわけです。

●結論
 つまり、官と民は組織の目的には決定的な違いがあるんですけど、実際に働く人には、それは決定的な影響ではない。会社の規模に応じて、「官と中小企業」を対立構図として、その間にグラデーションのように様々な環境がある。ということで、一概には言えないということです。もちろん、民間の中でも、社風によって様々な環境があるわけで、そう考えると「官と民」という対立だけでは、いわゆる「公務員バッシング」みたいな話にはならないと思えるわけです。

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