« 更新しました(第750版) | トップページ | 旅行記:万葉線(再)【本文1】 »

2011年10月17日 (月)

【旅行記】越美北線の休止していた区間:【本文2】

 ほんと、これ、9月30日に書いて以来なんですけど、続き。

 日程の再掲から。

●9月10日(土)

 【金沢】6:56発-(普通)→【福井】8:26着、9:08発-(普通)→【☆美山】9:40着、10:34発-(普通)→【☆市波】10:43着・・・(徒歩)・・・【☆小和清水】11:55発-(普通)→【☆越前東郷】12:06着、13:02発-(普通)→【☆一乗谷】13:06着、15:08発-(普通)→【☆越前高田】15:13着、15:37発-(普通)→【福井】15:58着、16:17発-(普通)→【金沢】17:45着

●一乗谷~金沢

 そんなことで、一乗谷駅で正味2時間。もちろんこの駅でそれなりの時間を過ごしたこともあるし、2時間駅にいろと言うのもなかなか酷な話。

 以前、この駅の先にある足羽川にかかる橋が流されてしまった様子を撮ったことがあるのですが、当然それを撮ることにはするのですが、やっぱり時間がありすぎる。

 ということで、まずは朝倉氏遺跡と反対側に進み、駅の裏を通り、何やら寺の跡を見て、そこから足羽川の橋を眺めてから朝倉氏遺跡の方向へ。

 観光バス等が多く走る道。駅のそばに遺跡があるわけでないので、若干歩くことになります。途中で時間がなければ引き替えそう・・・、と思いつつ歩いていて、そのうち集落になってきたので、主要道路ではなく集落の中を歩いているうちに遺跡へ。

 ほんと、今でこそ谷の中にぽつんとある集落の片隅にある広い土地・・・、なんでしょうけど、こうやって遺跡となるぐらいの町がこの場所にあったというのもなんか不思議な気分になるものです。

 まずは単に土を掘り返すと町の跡でしたよ、というところを過ぎて、そうして町屋敷を復元したところ。ちょこっと迷ったのですが入場料を払って入場。

 そうしてそこを抜け、屋敷の跡を簡単に見て観光終了。詳しく見るというよりもこの場所にこういう営みがかつてあったのだ、ということに心を打たれた感じになりました。

 簡単に観光が終わったのでもと来た道を戻りまして再び一乗谷駅。これだけ歩くことを考えたら、実は越前高田駅にたどり着いていたんだろうな、と思うわけですが、まあ、それにしたところで時間的には変わらないし。

 そうして何度目かになる列車に乗り、何度か代行バスで通った道を見ながら越前高田駅。この駅は車で来るときに結構迷った記憶があるのですが、やっぱり降りてみると何となく複雑なところにあることを実感。とは言っても主要道路から道1本はずれているだけなんですけど。

 これで以前、洪水のために運休していた駅及びその前後の駅の取材が終わりまして、福井駅へ。

 その数週間前に細呂木駅で降りたりしている列車ですが、今回は大聖寺駅で降りてみてもいいかな?と思いつつ、季節的にちょっと暗くもなっていることで、さらに4両で快適なので、そのまま金沢駅へ帰り着いたのでした。

 ということで何とかこの件の旅行記も終了。というか半月もひっぱる内容でもなかったかも。(10分ぐらいで終わったし・・・)

 ちなみに、旅行記は、あと、万葉線の分と先日の山陰本線の分が残っています。

|

« 更新しました(第750版) | トップページ | 旅行記:万葉線(再)【本文1】 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 更新しました(第750版) | トップページ | 旅行記:万葉線(再)【本文1】 »